ありゃ、顔真卿は、やっぱり頑固者だったのね。そうなのよね。字は上手なんだけど、へんとつくりが凄く狭いのが気になってたのよ。そういう人は心が狭いから、いくら才能があっても、出会いがなく、集団からも排斥されちゃうの。
こうやって中国の書を見てみると美しいけれど、「不幸になりそうなオーラ」が漂っている。歴代の芸術家の大家の字が全員「へんとつくりが狭い⇒心が狭い」のよね。これは後の文化大革命の悲劇を予言しているようにも思えるわ。
一方、書道を中国から輸入した日本が、中国よりも書体を「丸める」ようにアレンジしたのは、中国の書に漂う「哀しみ、窮屈さ」のオーラを嫌ったからかもしれないわね。もうちょっと柔らかくいこうよ、つーか。
日本の「書」は、教科書を写経して全国に伝えるために発展したから、当然「社会に対する願い」も含んで発展してるのよ。だから、日本の字が「丸く」なったのは偶然ではない
>李希烈は真卿を惜しみ、自らの部下となるよう何度となく説得したが真卿は断固拒否し続け、唐への不変の忠誠心を表す「天中山」を記すに至り李希烈は説得を断念、殺された。