夕暮れ近く、その男がベンチへやってくると私たちハトも集まる。食べ物を期待しているわけではない。今日一日の終わりに、男の語る遠い異国の地の話を聞いてからねぐらへ帰ろうという、ささやかな楽しみだ。
「今日は不思議な空の色だ。建物はもうすっかり影になっているのに、空の雲は夕日を反射して赤く光っている……」男が語りだした! 私たちは男の足元でぐるぐる回っている。「町に一足先に夜が来て、空だけ昼間みたいだ。まるでマグリットが描いた絵画のよう。私はこういう空を、ビーナスフォートで見たことがある……」「その地ですれ違う人たちはおしゃれできらびやかに見えて、気後れした私は上ばかりを見てあるいたもんだ」ハトはみな、行ったことのない場所・びぃなすふぉおとへ思いを馳せながら目をつぶった。
「明日は山の話をしよう。カメノユで見たあの海と松林の景色を……」明日は「かめのゆ」の景色の話か。男はずっと旅をしているのだろうか。私も遠い知らない場所へ行ったなら、誰かにその話を語れるようになりたいと思うのだった。
2020/03/13