https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20181225/1545744577 「養分」がたくさんのコストを負担してくれることによって、そうでない人々がお金をもうけたりサービスを享受できたりする構図は、現代社会のすみずみまで浸透しているので、私達は、それが甚だしい時には顔をしかめるけれども、その構図そのものに対して自省的になることはほとんどない。
判断力の勝る側が判断力に劣る側を「養分」とすること、情報力に勝る側が情報力に劣る「情弱」からお金をむしりとることは、法的に認められている。