Conversation
Notices
-
佐々木将人 (sasakimasatohkd@lufimianet.jp)'s status on Tuesday, 29-Dec-2020 00:11:33 JST 佐々木将人 第1章 表現の自由とは何をされないことなのか?ルフィミア「まさと先輩にしては珍しいですね。いつもなら,国内法と国際法の違いあたりから順に具体化して説明するはずなのに,いきなり具体例ですか?」まさと「そうだよね。今回は,分散型SNSのサーバー管理者って対象を限定しているし,おそらくは法律学をほぼやっていない人で,それが,fediverse界隈で法的問題が浮上するたびに,あれ,あれ,あれ?って感じになるんで,まあ,落ち着けと,単刀直入に答から行くぞと,そんな感じです。」ルフィミア「でも,その割に,表現の自由の方を先にやるんですね。」まさと「表現の自由を尊重したいサーバー管理者は比較的多いと思うんだけど,さすがに表現の自由について,意外と多義的に使われていて,そのことが人による扱いの差になっていないことに気づいていないのではないか,そう思ったからなんです。さすがにここは飛ばせないな……と。」1 表現の自由の3つのパターン 表現の自由は,抽象的に言えば「表現をすることの自由」なわけですが,この自由とは具体的になんでしょう? それを直接説明するのではなく,「〇〇をされないこと」と間接的に説明することで,論者によって使い方が実は異なっている表現の自由の中身を明らかにしていきましょう。 見ていると,表現の自由は,以下の文脈で使われています。a 自分の表現を理由に自分以外の者から損害賠償請求を受けることがないb 自分の表現を自分以外の者によって削除されることがないc 自分の表現を自分以外の者によって事前にチェックされない,チェックの結果によって妨害されないこの構造自体には特に誤りはありませんし,大きなところではおおむねこの3つに集約されると言っていいと思います。2 表現の自由は絶対か? さて,この表現の自由については,上のabcのいずれについても,「何人からも一切要求されない」と解する一派があります。表現の自由というのは絶対であって,一切の法的責任から免れるのだ……と主張するものです。 しかし,さすがにこの主張は法的には通りません。 例えば日本においては,民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求については,それが表現行為であるからと言って損害賠償をしなくてもいいという条文はありません。709条では,「故意又は過失によって」「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」者について,「これによって生じた損害を賠償する責任を負う」としています。さらに710条では,名誉の侵害の場合でも,財産以外の損害の賠償(いわゆる精神的損害に対する賠償,通称慰謝料)を認めています。上記のaについていうと,被害者からの損害賠償を免れるという自由はないのです。 加えて723条は,「他人の名誉を毀損した者」に対しては,「名誉を回復するのに適当な処分を命じることができる。」としております。伝統的には謝罪広告の掲載がこれにあたりますが,インターネットの世界でも同様の処理が考えられますし,名誉毀損にあたる表現の削除も当然にこの条文を根拠に認められます。上記のbも,被害者からの請求を免れるという自由はありません。 そして,この2点についていうと,世界的にもそこまでの絶対的な自由を認めている国は,ないと思います。全ての国を調べたわけではありませんが,表現の自由をそこまで絶対的に認める国や法制度があれば(特に憲法学者の間で)話題になるでしょうから,おそらくないんだと思います。国際司法裁判所規程38条1項cでいう「文明国」において,表現の自由を絶対視している国はないくらいは言っていいと思います。ルフィミア「まさと先輩,ずいぶん強気ですね。」まさと「法律論文だと,「ないって根拠は?」ってなってまずいとは思うんだけど,歴史的に見ても,表現の自由はむしろ尊重されない方の自由,権力によって容易に制限される自由だったわけで,このことも「ないと思います」くらい言えると判断した事情なのです。」ルフィミア「あと,被害者によるcって,具体例が思い浮かばないんですが……。」まさと「そうだよね。思い浮かばないよね。実際,考えなくていいと思います。仮にそれが「法律上」要求されるなら,それはむしろ,法律の問題,言い換えれば権力による問題になってしまいます。」3 憲法は権力をしばる法だからルフィミア「まさと先輩が,よく愚痴っているところですよね。義務教育で「最高法規」だって教えすぎ,市民には義務がないってことを教えなさすぎ,だって。」まさと「そう。中学校社会科ってことは,高校入試にもかかわるところだけど,憲法に定められた国民の三大義務は?的問題が普通に出題されて習得すべき事項にされちゃっているんだけど,それと「最高法規」が組み合わさって,憲法にはどんな事項を定めてもいいんでしょ,だって最高法規なんだから,大事なことはみんな憲法へって理論が普通にまかりとおってしまう。いや,いや,なぜ憲法は「最高法規」なのか,なぜ憲法は人権規定と統治機構の規定を持っているのかとか,99条の憲法の尊重擁護義務に一般市民が入ってないのはなぜかとか,そもそも97条知っているかいとか……」ルフィミア「まあまあまあ。今日は表現の自由にしぼって話をしましょ。」 というので,憲法の性格が市民にあまり知られていないことについては,日々ストレスを感じている私なわけですが,やはり大事なところなので繰り返し強調しておきたいと思います。 憲法98条1項で「法律,命令,詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は,その効力を有しない。」としているのですが,いわゆる最高法規性のキモはここにあるのです。要は憲法に反した権力行使はだめだ!と。じゃあ,憲法に何が定めてあるかというと,前半は主に人権規定で後半が主に統治機構の規定です。したがって人権規定の一次的な対象は「権力に対し人権を侵害する行為の禁止」なのです。 さて,憲法21条1項はいわゆる表現の自由として「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由」を保障しています。このことは「国家がこれら自由に反する制限を行ってはいけない」ということを意味します。abcに即して言うと,a 自分の表現を理由に権力から損害賠償請求や刑罰を受けることがないb 自分の表現を権力によって削除されることがないということは「原則として」言えるわけです。 今,「原則として」と言いましたが,権力の介入が例外的に許される場合があり,その限りで「絶対に自由である」とは言えません。他者の権利を著しく侵害したり,社会にとって限りなく害であるものについては権力による介入が許されます。しかし,表現行為による被害者が損害賠償を求めた場合,これは原則民法709条の不法行為の要件が成立するかどうかだけで決まる(表現の自由は不法行為の要件の1つである「違法性」のところで若干考慮されるにすぎない)のに対し,権力が介入する場合には,より厳しい司法審査がかけられ,これをクリアしない限り,人権侵害として無効となる・国家賠償の対象となることになるというハードルの高さについての違いがあります。いずれ,abのパターンについては「権力は損害賠償も刑罰を科すことも表現を削除することもできない」のが原則になるわけです。 さらにc 自分の表現を権力によって事前にチェックされない,チェックの結果によって妨害されないについては,憲法21条2項前段は「検閲は,これをしてはならない。」としています。わざわざ21条1項と別に定めたのは,行政権による表現行為前の事前チェック及びそのチェックの結果としての発表の禁止や,そのチェックを受けないことによる発表の禁止については,特別にハードルをさらに上げて,絶対的に禁止したものとされています。したがって行政が表現行為前に差し止めをしたければ,裁判手続によって裁判所の決定によって行わなければならないことになるのです。 まとめると,上記abについては,権力によるものは原則禁止,cについて行政によるものは絶対禁止ということになります。 一応付け加えておきますが,権力とそれ以外で扱いが異なる最大の理由は「憲法が権力をしばる法」というところにあるわけですが,これに関連して忘れてはいけない事情として,権力以外ではたいてい「相手にも人権がある」ということもあげられます。権力には人権がありませんから,その人権を侵害するということもありません。しかし,相手も人間であれば,やはり等しく人権が認められます。そうするとその人権間の調整という作業は必ず必要になります。相手が法人等の場合でも,一定の範囲で人権が認められるわけで,人間と同等の議論になるとは限りませんが,権力のように人権が一切認められないということでもないので,それなりの調整はやはり必要になります。4 被害者でも権力でもなければ? 被害者から削除や損害賠償請求されることからは逃げられない,権力に対しては対抗できる,では権力でもない被害者でもない……サイト管理者は? 表現の自由を絶対であるとする一派からは,当然,表現の自由によって保護されるとするでしょうし,憲法の表現の自由を正確に理解している一派からは「人権としての表現の自由の問題ではないでしょう」とこれまた正確に指摘されるでしょう。実際,これは表現の自由の問題ではありません。市民間の私法上の紛争に関するルールで解決することになります。相手に法的なリクエストを通すためには,法的な根拠がなければならない。その法的な根拠は,当事者間に約束があるか,そうでなければその問題に適用される法律の規定があるか,です。どちらもなければ(相手が自分の親族で,親族・相続法の適用があるというのでもない限り)相手に法的なリクエストを通すことはできないことになります。 というので,分散型SNSのサーバー管理者をめぐる法的な状況を見ていくことにしましょう。ルフィミア「そうなんですよね~。相手にも人権がある。そう,出版社にも出版の自由がある。まさと先輩が,原稿を持ち込んでもそれを出版しない自由が出版社にはあるし,まさと先輩の出版の自由や言論の自由を侵害したことにはならない。」まさと「その心が痛む話はもうやめて~!(泣)」第2章 サーバー管理者に対する法的位置づけ1 あなた自身も「表現者」ですよルフィミア「サーバー管理者って,管理業務を行っているだけで,どこが「表現」していることになるんですか?」まさと「普通そう思うよね。自分が投稿したものが表現にあたるのはともかく,サーバーを設置し,管理すること自体が表現だとは,普通思わないし,思えない。だけど,表現行為と考えないといけないよ,という話をしていきたいと思います。」 ところでみなさんは,googleって御存知ですか?知らない方もおられるかもしれないので,ここで確認しておくと(笑),googleは,インターネット上のウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し,同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し,利用者から示された一定の条件に対応する情報を同索引に基づいて検索結果として提供するものです。インターネット上の分散型SNSサーバーに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し,情報を整理し,利用者から示されたアカウントやフォロー等の条件に対応する情報をタイムライン等の形で提供することと結構似てますよね? さて,googleに対しては,検索結果で不利益な情報を提示されているとしてその削除の仮処分を求めた事件がありまして,これに対しgoogleは,(他の点でも争っていたのですが)まず「検索結果は自動的かつ機械的に生成されるものであり,googleは原則として編集をしていないから,情報伝達の媒介者にすぎず,権利侵害の責任を負うものではない」と主張したのですが……。 平成29年1月31日決定(民集71巻1号63頁 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/482/086482_hanrei.pdf )で最高裁は,「情報の収集,整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。」としてgoogleの上記主張を否定しました。本決定自体は,削除について否定したので,その意味では傍論で拘束力がないと言えなくもないのですが,しかし,論理上はそもそもgoogleの主張が成立するものであれば,そのことだけで削除を否定できるにもかかわらず,googleの主張を否定した上でその先の議論を行い,こういう条件があれば削除は認められると判断基準を示したうえで,本件ではその基準を満たさないとして削除を認めなかったものなので,逆に言えば要件が満たされれば削除を認められる以上,上記googleのいわゆる「媒介者」論=「自動的機械的なもので編集をしていないから責任は負わない」という主張は否定されたと考えるべきです。 このことは悪いことばかりではないんです。このようなサイトを運営すること自体が表現行為として表現の自由の保護を受けうる根拠にもなり得ます。 いずれ,大きな判例変更がない限りは,この線に沿った判決・決定が今後も出続けることになるでしょう。 そうすると……。分散型SNSサーバーの管理者が,分散型SNSサーバーを運営することもまた表現行為であることに代わりはなく,「プログラムが自動的かつ機械的に生成される」からと言っても,裁判所は認めない。管理者としての表現行為であると解されて,法的責任を負う場合があり得ることになります。 その責任の具体的な中身は,後で論ずることにしましょう。ルフィミア「もともとプログラムを書いたのは人間なのに,プログラムが勝手にやったことだというのも,ちょっと変ですよね?」まさと「そうなんです。最近状況はちょっと変わりつつありますけど,基本的にはコンピューターはプログラムのとおりにしか動かないのです。実際,googleはgoogleの望む結果になるようにプログラムを頻繁に調整しているわけで。にもかかわらず人間が責任を負わないというのは許しませんよという話なので,そう簡単には覆らないと思います。」2 あなたは「(プロバイダ責任制限法の)プロバイダ」でもあるんですよルフィミア「ブルーフィルムを郵便で送っても,郵便屋さんがわいせつ物関係の犯罪とかその幇助犯に問われることはないですよね?」まさと「ブルーフィルムって,る~ちゃん,ずいぶん古い言い方知っているね。」ルフィミア「ピンク映画という言い方も知ってます。青かったりピンクだったり,おもしろいですね。」まさと「注目したのそこ?う~ん。」 そんなの当たり前と言われるかもしれませんが,きちんと論理で説明できるところだから,おさえておきましょう。 まず配達途中であっても「わいせつな図画」等を持っていることは間違いありません。しかし,通常郵便屋さんは,自分が「わいせつな図画」を持っていることを知らないし,また確かめる術もないわけです。憲法21条2項は,通信の秘密を保障しています。通信というのは,特定の者の間で行われる情報交換なわけですが(不特定である放送とここが異なるとされています),通信の秘密が保障されるというのは,「通信の中身を知られない,第三者に明かされない」ことの他「通信の当事者が誰であるかを第三者に明かされない」ことに加えて「通信の有無自体も第三者に明かされない」ことを意味し,これを受けて郵便法7条は検閲の禁止を,8条1項では信書のこれらの秘密を侵してはならないとしています。 実はこの話,コンピューター通信についても,同様の構造の定めをおいています。 コンピューター通信は(電話も含めて)電気通信事業法が定めをおいています。2条の定義規定ですが,「符号音響影像を送受信・伝送するのが電気通信だよね」「電気通信を行う設備が電気通信設備だよね」「電気通信設備を使って他人の電気通信を行うのが電気通信役務だよね」「電気通信役務を事業として行うのが電気通信事業だよね」「電気通信事業を行うのが電気通信事業者だよね」と定義づけた上で,3条と4条1項で郵便法と同様に検閲の禁止と秘密の侵害の禁止を定めています。 さて,サーバーを運営する場合,もし自宅サーバーであれば,自宅からプロバイダーまでの回線は公衆回線なり専用回線なりを使うことになるでしょうが,おそらくは電気通信事業者の回線を使用すると思います。そしてプロバイダーの電気通信設備を使用してインターネットに接続するでしょう。インターネットの中でも,電気通信事業者の電気通信設備を(知らない間に)使っていることもあるでしょう。電気通信設備であっても,他人の電気通信を行わなければ電気通信事業者にならない場合もありますが,とりあえずはその点を除くことにすれば,電気通信事業者には検閲の禁止と秘密の侵害の禁止が義務付けられていますから,郵便屋さんと同様,自分の扱っているデータがわいせつ物にあたることを知らないのです。本当に知らなければ「故意がない」として犯罪にはならないという仕掛けなのです。 ただし,電気通信事業法による規制は,あくまで電気通信事業者の取扱中にかかる通信なので,電気通信事業者の取扱が一切ない通信であれば,検閲を行ったり(ちょっと考えにくい),秘密を侵害しても(こちらはあり得る),電気通信事業法による処罰は受けないことにはなります(繰り返しになりますが,インターネットに接続して,かつ,電気通信事業者の取扱が一切ない状態というのは,ちょっと思いつかないのですが)。 電気通信事業法による定めはこのような仕掛けですから,分散型SNSのサーバーを立てて,他人に使用させても,それを事業として行わない限りは,電気通信事業者には当たりません。分散型SNSにおいては,思想として営利目的を排している部分がありますから,事業として行う例はレアだと思います。(hostdon.jpは有料でmastodonとpleromaのホスティングを行っているんで,これは電気通信事業者に当たるんじゃないかと思ったら,案の定電気通信事業法による届出を行っていましたね。) したがって,分散型SNSのサーバーの管理者は,電気通信事業者に当たらない以上,「検閲の禁止」や「秘密の侵害の禁止」の規定は適用されないことになるのです。他に禁止する規定もありませんから,検閲しても秘密を侵害しても,処罰の対象にもならないし,プライバシーの侵害として民法709条の不法行為による損害賠償を請求されることはあっても,秘密の侵害自体で損害賠償ということにもならないのです。 さて,ここまで書いてきたことは,これから書くことの長い前振りにしかすぎません。 いわゆる(インターネット)プロバイダは,たいてい他人のために事業として行われますから,電気通信事業者に当たります。これに対し,分散型SNSのサーバーの管理者は,よほどのことがない限り,電気通信事業者には当たりません。 ところが,いわゆるプロバイダ責任制限法,正式名称「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」における「特定電気通信役務提供者」には,サーバー管理者が含まれます。2条を見ると,「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信事業法でいう電気通信の送信を「特定電気通信」というよ」「特定電気通信に使う電気通信事業法にいう電気設備を「特定電気通信設備」というよ」「特定電気通信設備を用いて他人の通信を扱う者を「特定電気通信役務提供者」というよ」となっており,事業として行うことが要件となっていないのです。分散型SNSは「不特定の者にあてて,符号音響影像を送る」もので特定電気通信に該当し,分散型SNSのサーバーを設置して使わせることでそのサーバーが特定電気通信設備に該当し,サーバー管理者も「特定電気通信役務提供者」に該当することになるのです。 そして,いわゆる「プロバイダ」責任制限法なものですから,特定電気通信役務提供者=この法によるプロバイダになってしまうのでした。ルフィミア「正式名称だと「電気通信事業者」「特定電気通信役務提供者」と違うんですよね。」まさと「いわゆるな名称がわかりやすすぎたがゆえの悲劇ではありますね。」第3章 サーバー管理者が負う法的責任1 最低限の知識 それでは,具体的にどんな法的責任があるかを具体的に見ていくことにしましょう。 まず基盤となる考え方を2つおさえておきます。 第1に,「他人にリクエストを法的に通すためには,当事者間の約束か法律の規定かいずれかの根拠が必要である」というものです。検討する順番もこの順番です。当事者間の約束があればまず,それによります。当事者間の約束を法律の規定でひっくり返す場合は,これは法律にそう書くか,法律の解釈としてそう解釈されるかで,いずれにしてもその法についての解説書で必ず説明されます。そういうのがない場合には,まず当事者間の約束があるかどうか,その約束によって相手に請求できるかどうかが問題となります。ルフィミア「いわゆる強行規定とか強行法規とか言う話ですよね。」まさと「そのとおりです。そして民事法の分野だと,私的自治の原則というのがあって,「自分たちのことは自分たちで決められるんだ」が大原則となります。特に理由がなければ法律の規定は強行規定・強行法規ではなく,任意規定・任意法規として解することになり,当事者間の約束があれば,それが法律に優先することになります。」ルフィミア「強行規定の見分け方ってないんですか?」まさと「それがあると楽なんだけどね~。条文の中にはっきり書いてある場合はわかりやすいですよね。借地借家法30条は,26条から29条までの規定に反する特約でかつ建物賃借人に不利なものは無効とするとありますが,「でも契約が優先する」と解するとこの条文の発動の余地がなくなるんで,これは強行規定であることがまるわかりです。しかも条文見出しも法律の原文にあって「強行規定」と書いていますから,これ以上わかりやすいのはない。」ルフィミア「六法の条文番号の直前に書いてあるものですね。」まさと「そうです。例えば三省堂の模範六法では,( )でくくっているものは,法律の原文にあるもの,[ ]でくくっているものは法律の原文になく,出版社側で適宜参考までにつけたものとなっています。これは六法によって違うルールの場合があり得ますので,使っている六法の冒頭の方にある「凡例」とか,その他表記の約束事を書いたところを見て確認する必要があります。で,話を戻すと,条文を読んだだけでわかるものとしては,労働基準法13条前段も「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分について無効とする。」としており,これまた契約を優先させると意味のない条文になりますから,強行規定であることがわかりやすい条文です。一方民法90条の「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は,無効とする。」は,条文だけではちょっと判定が難しいですよね。これは解釈作業を行うことで,強行法規だと解されています。」ルフィミア「無効だと,強行法規ではないのですか?」まさと「それがそうとも言えないんだよね。逆に無効って書いていないと強行法規ではないかというと,これまたそうではない。きちんと標準的な解釈を文献で調べる必要がでてきてしまいます。」ルフィミア「面倒ですね。」まさと「そうだよね~。それでも傾向はあって,もともと私的自治の原則というのは,当事者の双方がほぼ対等で,双方に「契約を結ぶ・結ばない自由」「契約の相手方を誰にするかの自由」「契約の内容を決める自由」「契約の方式を決める自由」がある場合に妥当性をもつものと考えられています。したがって何らかの事情でこれらの自由が制限されていたり,その他の事情で対等とはもはや言えないとなると,国家が介入する必要が出てきます。労働基準法は,前提としては会社と労働者ではそのままでは会社の方が圧倒的に強いよね,借地借家法も同様に地主・家主の方が強いよねというので,完全に当事者の自由にはさせられない,国家が強行規定で介入するという形式なんです。したがって,当事者が対等とは言えない場合には,強行法規の存在を疑って調べるとよいでしょう。」 このように,当事者間で約束がある場合には,強行規定・強行法規に反しない限り,約束が優先します。当事者間に約束がない場合には,法律の規定が根拠として必要となります。どちらもなければ,相手に対するリクエストを法的に通すことはできません。 これは,裏を返せば,当事者間の約束か法律の規定がなければ,相手のリクエストを断っても法的な問題は発生しないということを意味しています。 第2に,法的なリクエストを裁判所を通じて通すためには,根拠として当事者間の約束の存在や,法律の規定の存在,さらには法律の規定を発動できる条件となる事実が存在していることを述べないといけないし,事実の存在が争われた場合には,存在すると主張する側が証明しないといけないということです。例えば「契約では,相手が〇〇しなければならない,となっている」ということを根拠にする場合には,そういう約束をしたことをまず言わないといけないし(主張責任),相手がそういう約束をしていないとして否定した場合には,そういう約束をしたということをそう主張する側が証明しなければならず,裁判官にそう思わせることができなければ,相手側は否定しただけで何も証明しなくても請求する側が負けてしまうことになります。これは裏を返せば,訴訟が開始すると必ず訴状が特別送達郵便で管理者の下に送られますから,郵便を受け取ることだけは忘れないでおけば,訴状を見てから対応するでも間に合うわけですし,弁護士に相談してもまだ間に合うということを意味しています。また,管理者としては,訴状に書かれていることを「そうではない」と証明する必要は一次的にはないことを意味しています。第1の点も意外に知られていませんが,この第2の点も意外に知られていないように思います。ルフィミア「そもそも裁判にならないようにはできないんですか?」まさと「現在の日本の法制下ではそれは無理です。というのは,訴える側が裁判所に意味不明の何かを持ってきた,送り付けてきたというなら,そもそも訴訟手続をはじめないということは可能です。また,それなりの物をもってきたとしても,これではこのままでは裁判になっても時間がかかりすぎるとなると,記載をなんとかしろということで直すように命じることもあります。しかし,「あなたの言っていることが本当だとして法律をあてはめても,あなたの要求は認められない」という方向性でのチェックは基本的には裁判所はしません。そうすると,それ以外の要件を満たしている場合には,裁判を行わなければならないし,裁判所から呼び出されたのに対し欠席すると「事実については原告の主張どおりである」と認めたことになって,その上で判決が出ますので,一般論としては,裁判所と一切関わらないようにすることは原理上無理だということになります。」ルフィミア「そうすると,裁判にしたくないから,裁判前に交渉するというのはそれなりの意味があるということになりますね。」まさと「それはそうです。でも,裁判にしたくない気持ちはわかるのですが,一方で裁判になってもいいやという気持ちも持っておかないと,極論を言えば振り込め詐欺のはがきや電話をスルーできないで被害にあってしまうことになってしまいますからね。」ルフィミア「あと,欠席したら相手の請求通りの判決が出るんじゃないんですか?」まさと「これも結構誤解されているところで,日本の場合は,あくまで「事実関係については相手の主張どおりとみなす」までであって,「相手の請求を認めたものとみなす」ではないんです。だから,事実関係が原告の主張どおりであったとして法律をあてはめたところで相手の請求が認められる余地がないような場合には,欠席したところで,原告の請求を棄却する旨の判決が出ます。それを見切って何もしないで欠席するのもありなんですが,個人的にはその場合でも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。請求原因事実のうち○○は認める,その他は知らない(明確に証拠で否定できるなら「否認する」まで書いても可)。」とする答弁書を提出して欠席する方を勧めます。 話を元に戻すと,裁判実務に近い人はえてして,「(法的に)請求できる」というのを,「もし証拠が揃っていて裁判官が事実関係について認めてくれれば,裁判に勝てる」という意味に使います。逆に請求できないというのを,上に書いた「事実関係が原告の主張どおりであったとして法律をあてはめたところで相手の請求が認められる余地がない」という意味に使います。言い換えると,主張と立証とを分けた時に,立証ができれば主張が認められるものを「請求できる」,立証ができたとしても主張が認められないものが「請求できない」なのです。 しかし,この点については「裁判を起こせる」という意味で「請求できる」と使う人も結構見られます。でも,日本の民事訴訟においては,民事訴訟法上の最低要件がそろっていると,口頭弁論を開かなければならなくなります。この点においては,その最低要件さえあれば裁判は起こせるのです。裁判を起こせても勝ち目がまるでないというものです。とはいえ,日本の民事訴訟法においては現時点においては,勝ち目がまるでない訴訟であってもそのことを理由に裁判を拒絶できるという規定がないので,その限りで,相手にお付き合いをしなければならず,そこから完全に自由になることはできないのです。」2 自分のサーバーのユーザーに対する法的責任 多くのサーバーでは,ユーザーの側からサーバー管理者に連絡をとって,アカウントを作ってもらい,そのサーバーを使用できるようになるという過程をとっていると思います。分析するとこの中にも「約束」が含まれています。ユーザーはサーバーを使わせてもらうし,管理者はサーバーを使わせてあげるという約束です。これ以上に細かい定めをしていないことも結構あると思います。もしこれでもめごとになった場合には,民法その他の法律を使って約束の内容を補充することになりますが,民法にはそのものズバリの規定はありません。そうすると民法549条以下の契約の各類型を参考にして,必要に応じて変形しながらあてはめていくことになります。分散型SNSのサーバーの利用関係については「無償である」「使用するだけ」という点に着目すると,民法593条以下の「使用貸借」が一番近い類型になるでしょう。使用貸借は「物を無償で使って後でその物を返す」形態であり,分散型SNSのサーバーにおいて「物」ではないし「返す」ことはできないのですが,利用できるというサービスを物として,使用できなくすることを「返す」とするならば,使用貸借と同じと言ってもいいくらいです。さて,使用貸借というのは基本的には「使わせてあげる」にすぎないものなのですが,それでも約束をした以上は,その約束がある限り,管理者としてはサーバーを使わせ続けなければなりません。もっとも使用貸借について定めた民法598条2項は,期間の定めをしなかった場合に貸主がいつでも契約解除ができる,3項は借主は(期間の定めがあろうとなかろうと)いつでも契約解除ができると定めていますので,約束を「もうやめた」と宣言してユーザーに通知すれば以後使わせなくてもいいことになります。 当然これだけでは管理上不安が残るということであれば,サーバーの使用条件を提示した上で,その条件に従う旨約束した人にだけ使わせるという方策をとることになるでしょう。この際,ユーザーとのやりとりを行ってその記録を残しておけば完璧なのですが,たぶんそういうことは面倒なのでしないと思います。おそらくどこかわかりやすい所に使用条件を提示し,その使用条件を読まないと申込ができないようにして,申込があったということはその使用条件を読んでそれを受け入れたからこそだよねと第三者に納得してもらえるような仕掛けを作って,その上で(手作業で発行するか,プログラムで自動で発行するかは別にして)ユーザー名とパスワードを発行することになると思います。実はこのやり方だと「約束をした」と説明するのがちょっと難しいのですが,「約束をしたと言える行為をしている」のは「約束をしたと言える」ということで契約の成立を認めています。業界用語では「黙示の承諾」と呼んでいます。気をつけなればならないのは,黙示の承諾は「ユーザーが何もしない場合にも認められる」とは考えられていないことで,承諾したのと同じであると評価できる何かはしていなければならないのです。例えば「アカウントを作って」という申込なり,「使用条件を変えた後で,実際に使用しているよね」という事実だったりが必要で,何もないのに「宣言しました。拘束力があります。」にはならないのです。(相手の承諾のない一方的宣言は,その相手を拘束しません。承諾があれば,それは一方的な宣言ではもはやありません。)ルフィミア「約束の内容を紙に残す必要はないのですか?」まさと「紙に残さなかったからだめだということはありません。ただ,これが裁判の時になったらどうなるかということは考えておく必要があります。ユーザーが管理者に対し「使えるはずなのに使わせてくれない」ことを理由に「使わせろ」とか「損害賠償を」と言った場合には,ユーザーの側では「アカウントを開設した」という点だけを主張し証明するだけでよく,現在も契約が存続していることを主張・立証する必要はないのです。管理者の側で契約を終了すべく通知をしたことを主張・立証しなければなりません。その記録はちゃんと残していますか,裁判所に提出できる形になっていますか?ということは考えておかなければなりません。さらに,その終了が使用条件違反による場合には,使用条件自体を証明できる形になっているか,また使用条件で定めた事実が現に発生したことを管理者が証明できるかのチェックが必要です。」 なお,ユーザーとはこのように約束が存在しているので,基本的にはその約束によって判断することになりますが,ユーザーとの間でも約束では処理しきれない事件が起きることはあり得ます。典型的なものとしては,ユーザーの個人情報を第三者に誤って(もしくは故意に)漏洩させ,その結果当該ユーザーに損害が発生した場合です。これはその漏洩について使用条件で定めることはないでしょうから,たいていは民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求の問題として処理することになります。基本的にはユーザーの側で不法行為に基づく損害賠償が認められるための要件「故意または過失に基づく行為の存在」「損害の発生」「行為と損害の間の因果関係」を主張立証することになりますが,ユーザーの証明がある程度成功すると,今度は管理者の側で,そうではないことを証明していく必要が出てきます。3 通信回線業者等との関係での法的責任 インターネット上で分散SNSのサーバーを運用しようというのですから,どこかでインターネットにつなぐ必要があるわけで,その先との契約は必ず必要となります。一番当事者が少ないのは,レンタルサーバーやVPSなど,インターネットに既に接続されているコンピューターを借りてサーバーを運用する場合,もしくは,自分のコンピューターを持ち込んで,インターネットに接続させてもらう場合です。またいわゆる自宅サーバーの場合には,インターネットプロバイダ業者との契約が必要になりますし,コンピューターからインターネットプロバイダまでの通信回線を提供する業者との契約もまた必要となります。もっともこれら業者との関係で法的責任という話になることはめったにないと思います。基本的には,「使わせてあげるから代金を払ってね」という形なので,契約が続く限り業者は使わせなければならないし,管理者は代金を支払わなければならない,使わせることができなければ問題ですが,通常は代金の割引なり契約延長という手段が業者の側から提示されますから,やはり裁判所を通すほどの問題にはなりません。したがって決められた代金を払い続けている限り法的責任うんぬんにはならないでしょう。通常は使用条件が定められているでしょうが,通信回線を提供する業者については,通信の中身を理由とした制限を設けることは考えにくいのですし(日本では電気通信事業者にあたるので,電気通信事業法によって検閲が禁止され,通信の秘密を保持しなければならず,その代わりに,通信内容について責任が問われないことになっている),通信量制限やサーバー運営目的の回線利用の禁止をうたっている場合は結構ありますが,これの違反を理由とする契約解除については,そういう事実がある限り管理者には勝ち目がないので,これまたあまり問題にはなりません。 これに対し,レンタルサーバーやVPSの場合には,電気通信事業法における電気通信事業者にあたることが多いにもかかわらず,利用条件の中で,公序良俗違反の利用の禁止を筆頭に,悪用防止のための契約解除条項を定めていることが多いようです。したがって,通信の中身を理由とした契約の解除は現に考えられます。契約の解除だけにとどまればまだよいのですが,その業者に実際に被害が発生した場合には,民法709条の不法行為に基づく損害賠償の問題が発生し得ます。逆に,そういう事情がないにもかかわらず,契約を解除されたというのであれば,管理者側が業者を相手取って,訴訟で契約の履行としての設備の利用を求める訴訟,場合によっては,訴訟で結論が出る前の間,暫定的に設備を使用させるという内容の仮処分を起こすことになります。もっとも仮処分について言うと,弁護士に依頼することが必要となるでしょう。ルフィミア「仮処分は弁護士必須ですか?」まさと「法律上は弁護士が必須ではないのですが,仮処分が通るだけの申立書を作り,資料をそろえることが素人にはハードルが高すぎると思うのです。業界では仮処分を通すためには「守るべき権利は何か(被保全権利の存在)」を明らかにしたうえで,保全の必要性を疎明しなければならないのですが,この保全の必要性について裁判官を説得するだけの理由が書けるかどうかが勝負になるところ,ここが難しいわけです。他に,本案訴訟で勝ち目がないわけではないことという要件もあるのですが,さすがにここでひっかかることは薄いですし,ここの要件について,もし本案訴訟で負けた時に業者に発生する損害を担保するために仮処分にあたって管理者に担保として現金なりを供託させることが行われるのですが,その担保を上げることで対応している例もあるように思われるので,この要件のクリアはさほど難しくないと思います。」ルフィミア「保全の必要性って,使えなくなると困る……ではダメなんですか?」まさと「だめでしょうね~。裁判官としては「判決確定するのを待っていられないの?」と思うわけですから,判決確定まで待っていたら,こんな損害が発生してしまい,それが回復不可能なんだという論理を構築して,かつこれをある程度納得できる証拠をつけて説明しなければならないのです。ところが,ユーザーとの関係では無償で使用させている分散型SNSサーバーが停止したことで発生する回復不可能な損害は何?って,結構難しくありません?」ルフィミア「私にはちょっと……。」まさと「私もちょっと思いつかないです。というので仮処分を通すためには弁護士は必須だと思いますし,場合によっては勝ち目が薄いというので,弁護士が引き受けない可能性も高いと思います。」ルフィミア「そうすると本案訴訟ということになりますが,業者の契約解除が管理者の言論の自由を侵害しているので違法無効であるという方向性での争い方はできないんでしょうか?」まさと「個人的には,ちょっと勝つのが難しいかなと思います。というのは,業者についても一定の範囲で人権が認められる結果,権力に対しては人権を主張できる場合であっても,人権のある相手に対しては主張できない場合というのは存在するわけです。分散型SNS以外でも言論の自由・表現の自由として保護されるべきだという場合でなければ,分散型SNSの場合でも保護されないでしょうし,分散型SNS以外で何らかの法律違反をとられる類の表現であれば,それに表現の自由で対抗できない限り,表現の自由では保護されないことになります。これは分散型SNSであっても同じです。実際,この点で最高裁まで争われた事案は私は知りませんので,実際にどうなるかは,やってみなければわからない部分も残りますが。」4 それ,外国は関係しませんか? mstdn.jpの運営が,2020年6月30日限りで,合同会社分散型ソーシャルネットワーク機構(DSNO)からSujitech,LLC.に交替した直後,mstdn.jpが停止したことがありました。あとでわかったことですが,mstdn.jpにダーイシュ(日本ではISとかイスラム国と訳されることが多かったイスラム過激派組織)関連でテロを示唆する投稿がなされ,そのことの通報を受けたサーバー業者が接続を遮断したのが原因でした。 この時にfediverseを流れた投稿で気づいたのが「サーバーはその設置した国の法「のみ」が適用される」という誤った理解が相当に広まっていることでした。これは明確に誤りです。 国家は,その権力を行使するにあたり,「他国の権力や国際法の制限に反しない限りにおいて」権力を行使することができます。他国の領域内で,自国が権力を行使すれば,これは原則として当該他国の主権を侵害したことになり,国際法上違法となります。したがって,他国の領域内ではむやみに主権を行使するのではなく,相手国に対し協力を要請することになるのですが,協力が得られれば権力行使と同じ結果を手にすることは可能なのです。 実際,とあるサーバーはUSAにあって,日本法が適用されないという理解が同様に広まっているのですが,そのサーバーを利用してわいせつ画像を配信した日本人が,日本国内で,日本のわいせつ関係の罪に問われて有罪となったケースはいくつか見られますので,そのことだけでも「サーバー設置国法以外は適用されない」というのが誤りだというのは理解できると思います。 一般的に外国政府がその国の法律を日本のサーバーに適用してどうこうすることがないのは,先に述べた「他国で権力を行使することはその国の主権侵害となって国際法上違法である」ということから権力を行使していないにすぎず,その国の法律が適用されないというわけではないことに注意が必要です。 この点で問題になり得るのは,いわゆるわいせつ系のデータであり,また,児童ポルノのデータです。実在の人間を写真に撮ったものか,また忠実に再現したものか,そうでないのかなどの区別の問題もありますが,間違いなく言えるのは,国によって尺度が違うこと(児童ポルノは日本では比較的緩い)と,多くの国では,自国に関係があれば処罰の対象にしていることです。日本の場合,わいせつ系の犯罪については日本国内で犯したものに限定していますが,この日本国内の範囲は「サーバーがUSAにあることなど関係ない。日本国内で受け取ることができたのであるから日本国内で犯したことになる」ということで現に運用されています。これは外国でも同様なのです。実際mstdn.jpは7月下旬にも,直後に比べれば短時間で回復しましたが停止したことがあり,こちらは児童ポルノが原因でした。 また,外国のサーバーを利用している場合には,端的にサーバー設置地の法が適用されるということ自体も間違いではありません。先のmstdn.jpの場合,2020年6月30日までは日本法人であるDSNOが運営し,その後のSujitech,LLC.はUSA法人です。しかし,そのいずれであってもサーバー設置地の法は適用されます。mstdn.jpの運営交替直後,EU法の適用を受けるという情報が流れましたが,これも正確には理解されていなかったようです。EU領域内で情報を受信できるようだとEU法の適用がありますが,仮にあったとしてもその他の要素が全て日本国内で完結していると,EUが日本国内の物・人に具体的に何かできるということにはならなくなります。その意味で,EU法の適用があるとは言えますが,日本国内でサーバーを運用している場合には,事実上問題にならないとも言えるのです。ルフィミア「ちょっと,怖い例を思いついてしまいました。」まさと「何?」ルフィミア「日本国内だと犯罪にならないけど,外国では犯罪になる,だけど日本国内ではそれに気づかないということはあり得ますよね。」まさと「それはあり得るね。」ルフィミア「そうすると,その犯罪となる国に犯罪となっていることを知らないで入国して逮捕されて刑事手続になってしまうってこと自体はあり得るんですよね。」まさと「そうです。現実には相手国の方でそこまで把握していることはないんで,実際に話題になることはないんですが,国際法上のトピックでもある国の元首に対し,別のある国の裁判所が逮捕状を発行したことがニュースになった件はありました。この話,実際に逮捕状が執行されると,元首の外交特権を保護しなかった点で大問題なわけですが,形式的にはる~ちゃんの心配は,あり得ることになります。でも,一方でこんな話もあります。海外で見知らぬ人から荷物を預けられ,入国審査でそれが薬物であることが判明し……というパターンのニュースは時折報じられます。その数に比べれば,入国した瞬間(不法入国以外の)予想外の犯罪で身柄を拘束されたという話は間違いなく少ないので,現実には気にしなくてもいいレベルに少ないのでしょう。」5 ユーザーや契約相手となる業者以外との関係での法的責任 言い換えれば,先行する契約が存在しない相手に対する法的責任です。これはおおむね管理者自身ではなく,ユーザーの投稿についてなんらかの法的責任を負わなければならない場合とは何かという話となります。 相手に対するリクエストを法的に通すためには,契約か法律の規定が必要であるということを繰り返し述べてきました。これはこの局面でも有効で,契約が存在しない相手に対する法的責任は,法律に定められたものに限られるということになります。そして,管理者が分散型SNSのサーバーを設置して運用することで,他人による表現をプログラムを使用して提示する行為が同時に管理者自身の表現行為とも評価される点は,先に述べたとおりです。 そうすると,その表現行為によって被害を受けたとする被害者が,管理者に対し,当該表現行為の削除や損害賠償を求めてくることが,典型的なものとして想定されます。そしてこの点については,後に述べるいわゆるプロバイダ制限責任法によって修正されるのですが,原則としては,民法709条の不法行為による損害賠償請求や,723条の「名誉を回復するための適当な処分」としての表現行為の削除請求として考えることになります。 これら請求については,第3章1で述べたとおり,不法行為の成立要件について被害者から理由・根拠とともに請求されることになるので,その線で対処することになります。そしてこれらの請求と異なる請求であっても,結局は不法行為に基づく損害賠償請求なり削除請求の形で請求されることになるでしょうから,同様に対処することに変わりはありません。 なお,この管理者の責任がいつ発生するかについては,いわゆる大手BBSの事例で有名な判例が存在しています。いわゆるニフティサーブ事件についての平成13年9月5日東京高裁判決( https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/167/000167_hanrei.pdf )です。これは,ニフティのとある会議室内での名誉毀損・侮辱的発言に対し,直ちに削除をしなかったことについて損害賠償を会議室のシスオペと運営会社に対し求めた案件です。この判決の中で,裁判所は,シスオペに削除義務自体は認めました。(ただし細かいことを言うと「条理上の義務」とし,民法723条の準用はしませんでした。)しかしながら,削除の時期については,「標的とされた者がフォーラムにおいて自己を守るための有効な救済手段を有しておらず,会員等からの指摘等に基づき対策を講じても,なお奏功しない等一定の場合,シスオペは,フォーラムの運営及び管理上,運営契約に基づいて当該発言を削除する権限を有するにとどまらず,これを削除すべき条理上の義務を負うと解するのが相当である。」として,事前事後を問わず発言の全てをチェックする義務を否定し,発言の存在を認識した後であっても他の適宜の措置を講ずること,その間削除しないことは許されると判断しました。なお,損害賠償の発生時期については,現在ではいわゆるプロバイダ責任制限法で明文化されています。 名誉毀損・侮辱となる投稿以外で問題となりがちなものに,他者が作成したコンテンツの利用があげられます。これは分析すると,そのコンテンツに著作権が成立し,著作物の利用にあたる場合と,著作権が成立しないが,コンテンツ作成者がその利用を制限している場合とがあります。そしてこれらの問題が最近顕在化した背景には,従前はリンクを張るだけか,コンテンツそのものをコピーして組み込むか以外の利用が考えにくかったのに対し,リンクを張っただけで,サーバーやブラウザの側でリンク先の情報を読み取ってその全部もしくは一部を合わせて表示することが可能になったことと高速通信回線の普及でそのようなことをしてもユーザーの負担にならなくなってきたという事情があります。 以下の項で分けて説明していきます。6 著作権の考え方 一般論として,法律をよく知らないので過剰に警戒する人と,よく知らないけどどうでもいいやと投げてしまう人が,それぞれ一定数出るのはやむを得ないのですが,著作権については,意匠権その他の工業所有権と異なり,それなりに話題にする人が出るので,自然と目立って議論になる傾向があります。その議論に変に左右されないように,著作権の基本的な考え方をおさえていきます。(1) 著作権は表現を保護するものであってアイデアやキャラクターを保護するものではない 著作権が人間の知的生産活動に由来するところから,知的生産活動そのものを保護すると勘違いしている人が一定数いるのですが,それは間違いです。 著作権法2条1項1号は,著作物について次のとおり定義づけています。「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」 「表現したもの」というのが重要です。背後にある思想や感情そのものは著作権法で保護されるものではないので,あくまで表現の方が保護されるのです。例えばまんが・物語で,あるシチュエーションが似ているとか,舞台設定が似ているとか,転生のきっかけがまるで同じとか,そういうことがあっても,表現が違っていれば著作権法の問題にはならないのです。 同様にいくつかの表現から抽象的に語られる「キャラクター」もまた著作権法で保護されるものではありません。キャラクター自体が著作権法の保護対象ではないことを明らかにした判例として,ポパイをネクタイに描いて販売したことが著作権を侵害するとして販売差止を求めた案件についての,平成9年7月17日最高裁判決( https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/776/054776_hanrei.pdf )があります。この判決では「キャラクターといわれるものは、漫画の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができない」としていますので,キャラクター自体が著作権法の保護対象になるということはできなくなりました。キャラクター自体の保護を考える場合には,意匠法や商標法などの法律による保護を検討することになります。ルフィミア「まさと先輩,「転生のきっかけとして車にはねられるという「アイデア」」って書いたら,なんかうけてましたね。」まさと「これは狙って書いた訳じゃなかったんだけどね。」(2) 人間が知的活動で産み出したからと言って著作権が成立するわけではない 先にあげた著作権法2条1項1号は,表現を保護することを明言していますが,同時に「創作的に」という要件も加えています。この点の判断は「誰が表現しても同じになるならそこに著作権は成立しない」という基準が使えると思います(私の記憶だと,この基準を言っていたのは作花文雄先生だと思うんですが……)。 ちなみにこのことから,あまりにも短い表現,小さな表現を取り出してその著作権を論ずると,著作権は成立しないことになるとも言えます。例えば,桜を見て「これはなんですか?」と聞かれれば「桜です」と答えることになるでしょう。桜を知っており,桜であることを認識すれば「桜です」という表現は誰でもとるでしょう。そうすると,「桜です」という表現だけ取り出して,そこに著作権が成立するとか,他の人が使うと著作権の侵害であるといかいうことはできない,「誰が表現しても同じ」だからということになります。一方同じ,「桜です」でも,色紙や半紙などに他の人とは違う感じで書くと,世間ではいわゆる「書道」という芸術の枠で理解するでしょうし,そうなると色紙・半紙への文字の配置,文字の装飾具合等 - sumiyaki likes this.