若い頃の三島は、自分の脳内に「美しい箱庭」を作ることに注力してたの。でも、晩年は「それが虚しくなった」と言ってんのよ。フィクションだからね。
戦後、日本が大きく変わろうとしているのに、自分は脳内に閉じこもって箱庭つくってるなんてバカみたいでしょう。
それで若者に色んな言葉を投げかけたわけ。でも、そこで「日本人は言葉で、ロジックを理解するのは無理だ」って気づいたわけ。
東大生をぐわーって数百人集めた中で、東大生と議論したこともある。でも、東大生ですら「三島はキモイ、猿だ」とか、ホントに幼稚な感じなのよ。わかるでしょう?彼は東大卒だし、官僚もやってた。当時の日本の最高の頭脳に囲まれてたけど、それでも「日本人はロジックに弱い」つーのを痛感してるわけよ。実際、今も、日本の政治家は、東大卒だろうと、ロジックでは動けないでしょう。
だからこその「天皇論」なのよ。ロジックじゃなくて、何百年もずっと続いた天皇家の「生きた人間のサンプル」を参考に学んだ方が、日本人は知的で、美しい生き方ができると、三島は説いたわけよ。
切腹したのもそう。言葉通じないから、死んで見せたの。バカげてるけどね