そうよね。Twitterの運用がどうこうつーより、不特定多数の人間が一か所に集まることの難しさかなとは思う。どんな手法、どんなシステムを使って、どんなルールを敷いても、やはり限界はあると思う。
Twitterの限界は、人間社会の限界の縮図でもあると思う。
ただ一点、私が強く主張したいのは。ネット民って「良い社会=ストレスが少ないこと」って考えがちだけど。良い社会というのは、「継続、維持、発展」できる社会だと思っている。だから、陰キャやヲタがのさばってダラダラして二次元絵をアップしているだけのSNSは「良い社会」とは言えない。やっぱり、これに対して反発もあって、それに対して、「いや、こうだからエロがやりたいんだ」という議論が成立する社会じゃないとダメだ。でも、この健全な議論をルールやシステムの整備で実現するのは難しい。これが「限界」の指している地点。
Twitterの社長を交代させろとか、別のSNSに移住しようとか、そういうので「良い社会、良いSNS」が生まれるとは思わない。もっと複雑な、教育だとかも含めた、総合的な命の循環の先に良い社会、良いSNSはある。