ACT に「自分を苦しめる考えや感情に名前を付けよう」っていうエクササイズがあるのを知って気づいたんだけど、説一切有部が煩悩について必死に分類していたのはこのためだったのかと感動した(今、煩悩の数が108つとされているのはこの人達のおかげ)。
そして、この説一切有部は見つけた煩悩について実在を主張していた。それをただの名前であるとし、実在を否定したのが龍樹で中観派を生み出したとみるとくっそ面白い。
これって認知主義 vs 徹底的行動主義の現在の状況と共通してるんだよな。
下記の ACT の資料の P.47 に「自分の苦しい考えや感情に気づく」「その考えや感情に名づける」とあって、これをまさに仏教はやってきてその煩悩ってのはその成果なんだよなー。https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/331901/9789240003910-jpn.pdf