眠れないんで、浄土真宗の障壁について考えてみた。
* 修行をしないのになんで仏教なのかが分からない(ぶっちゃけ、浄土真宗は「修行をしない」という修行をしていると言わざるを得ないところがある)* 「念仏を唱えたら極楽浄土に行って仏になる」というのが納得できない(実は仏教的な例えとして理解すれば、納得はしなくていい)* そもそも「仏」とは何かが分かっていない (極楽にいっても、そこで欲が満たせるようになるわけではない。むしろ逆であり仏になるんだから欲は生じなくなる)* 何故、死の問題の解決が生の問題を解決することに繋がるのかがそもそも理解不能(仏教では生と死の問題を分けて考えたりしない、死の問題を解決することはそのまま生の問題も解決することなる)* 他力本願(阿弥陀仏の本願)に宗教性が強く意味が分からない* 念仏は唱えるものではなく、聞くものであるとか言われても実感が湧かない* やんわりと自由意志が否定されていく(あなたはあなたの意志によって動いているのではない、阿弥陀仏の力によって動かさせていただいていると考える)