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  1. きゅーけー (tojoqk@mastodon.tojo.tokyo)'s status on Wednesday, 15-Dec-2021 11:07:06 JST きゅーけー きゅーけー

    中学生のときにどういうわけか行動分析学を知ってしまったとき、絶望と希望と世界に対する赦しを同時に感じられたのを覚えている。

    行動の予測と制御を可能とする心理学が成立している時点で、もはや自由意志など肯定しえない。私は常に私の「思ったとおり」に行動できるわけではないことが示されてしまった。「心」によって行動が引き起こされるモデルが崩壊した。いわゆる思考とか認知も説明されるべき行動に過ぎないという理論は鮮かであり私に一切の反論の余地を与えなかった。

    これは私の思い通りに私を制御できないという意味で絶望であり、同時に環境操作により限定的には私を制御できるという意味では希望でもあった。

    同時に、私をそれまで苦しめてきた自身と他者に対する赦しの感情も生起した。結局のところ全てにおいて「主体的な行動」など成立する余地もなく、人を憎む理由も誉め称える理由も実は存在しないということが分かった。

    まあ、そのとき不登校だったんだけど結局のところただの中学生たる私に私の行動を制御する環境操作などできず、中学校を卒業し高校に進学するという環境変化によって自動的に不登校問題は解消した。

    In conversation Wednesday, 15-Dec-2021 11:07:06 JST from mastodon.tojo.tokyo permalink
    • きゅーけー (tojoqk@mastodon.tojo.tokyo)'s status on Wednesday, 15-Dec-2021 11:19:46 JST きゅーけー きゅーけー
      in reply to

      この例から分かるように、行動分析学は環境操作を可能とする立場に立つものにとって最も機能的である(親が設定する環境を子が覆すのは容易ではないが逆は比較的には容易である)。

      これを中学生の時代に痛感したんで行動分析学の随伴性制御の限界はよく知っている。親すら自由意志はなく随伴性から逃れるすべを持たない以上、はっきりいって行動分析学を意識した教育ができるかどうかなんて生まれとそれまでの環境次第でありどうしようもない。

      行動分析学を使って行動を制御すること自体もまた随伴性による制御を受けた結果に過ぎないわけであり、行動のコントロールには原理的な限界があるわけで結局のところなんでもできるわけではないのは自身の理論によって示されているわけだ。

      このことを不登校を継続しながらにして、認識しているのは実際結構つらかった。行動を変容させることのできる理論を学んでいるのにもかかわらず、立場上行動変容を起こすための環境操作が可能な状態とはいえなかった。

      応用行動分析学を習得したものが第三者として介入してくれたら如何に良いだろうかとよく想像したがそんなことを起こせる立場になかった。

      In conversation Wednesday, 15-Dec-2021 11:19:46 JST permalink
    • きゅーけー (tojoqk@mastodon.tojo.tokyo)'s status on Wednesday, 15-Dec-2021 11:46:15 JST きゅーけー きゅーけー
      in reply to

      行動分析学に行きついた要因としては少なくとも当時、私的出来事(皮膚の内側での自分にしか観測できない出来事)を報告(専門用語でいうとタクト)する行動レパートリーが欠如していたところに起因していたのではないかと思う。

      とくに、「何故あなたは学校に行きたくないの?」という質問に対する答えを私は用意できなかった。実際には真の理由を探求する必要などなく、何かそれっぽいことを言えばいいだけだったんだけど、そういう行動のレパートリーが欠けていた。その問いに対する回答を必死に考えた結果、思いつく限りどのような回答をしたとしても無限遡及に陥いって説明にならないように感じられ何も言えなかった。実際には日常生活においてそんなことは考えずにそれっぽい理由づけをすればいいだけだったんだけど、そのときは行動レパートリーが欠如していてできなかった。

      これが行動の原因って何だろうということを考えるきっかけになり、行動分析学を知るに至ったのだと思う。

      In conversation Wednesday, 15-Dec-2021 11:46:15 JST permalink
    • きゅーけー (tojoqk@mastodon.tojo.tokyo)'s status on Wednesday, 15-Dec-2021 11:50:39 JST きゅーけー きゅーけー
      in reply to

      とはいえ、悲観的になる必要もまたない。いままでの全て(自他含む)がなければ今の私など決してありえないわけだから。とくに今の私が「龍樹」を読めたのはいままでの人生全てのおかげである。ありがたいという他ない。

      In conversation Wednesday, 15-Dec-2021 11:50:39 JST permalink

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