龍樹のやりかたで縁起・無自性・空を考えると、数学的真理の実在も否定される。本当にそうか?ってことを考えたい。
概念を含めて全てのものが相依って成立しているという縁起の考えから数学的真理について考える。
日常生活から見出された、もしくは生活に必要とされるような算術が成立するように公理が作成され、全ての定理はそれらの公理から導出されるわけだから究極的には数学的な真理と日常生活における人の営みとの間に関係性があるように見える。また実用的な意味で数学の発展が日常生活を支えているという側面も見られる。
公理から感覚的に自明とは思えないし実用的でもない定理が導けるわけだけど、それはたんに日常的な感覚としては自明でないってだけで、そういう定理も結局は事前に用意された公理と人によって作成された証明手続きによって定理として成っているわけで、人の営みと数学的真理が独立して存在しているということはありえない。なので人の営みに依って数学的真理が成立しているとみて問題ないといえる。よって数学的真理もまた空といえるだろう。
というわけで、数学的真理は実在しないといって差し支えないと思う。