「大成した人間」のサンプルから、子育て論を組み立てるのは危険よ。「失敗した人間」をサンプルにして、それを避けるのが教育の王道。教育の本質って「人間として最低限のことを身に着けさせる」っていうものなのよ。ところが、それが庶民のアホに拡大再解釈されて「こうすれば、東大に入れる超教育法」みたいな感じになってきちゃった。でも「天才教育」つーのは、理論的には、なにひとつ証明されていない。私が大学院のときも、シュタイナー教育とか、特別な子供教育の方法は色々あったけど、どれも成果は出せていない。全部嘘。教育ができるのは「最低限」のレベルの話。読み書きそろばんとか、そういう話。マツコの話は、子育てとか、教育の領域を超えた話よ。「ファンタジー」になってる。「こういうところで育った子供は、こういう感受性を身に着けて、将来こうなる」っていう、妄想だけがあるつーか。でも、実際の教育ってさ、こういう技術を、何時間ぐらい教えると、これぐらいのことができるようになるつーさ。そういうレベルの議論。