意味だが、すべてのものに神が宿るというのは、より小さな世界、より小さな領域の観測を意味し、一神教というのは、より上位の領域の観測を意味すると考えればわかりやすいかもしれない。
上位の領域というのは、例えば、自分があって、自分が住んでいる街、国、地球、宇宙、その外側というイメージ。小さな領域というのは、分子、原子、粒子というイメージ。
ここで、上位領域の観測を続けたとして、もし最終局面が来て、そこで終わり、世界がそこまでしかないとなった場合、その観測は不可能であり、行き止まりになるが故に、これをアクセス禁止という言葉で表現している。そして、それはその外からでないとわからないことだ。つまり、観測できない。
世界がそこまでだったとして、それを観測するには、その世界の外から観測するしかないが、しかし、世界がそこで終わっていた場合、一体、それをどうやって観測するというのか。
そういった問題にぶち当たる可能性が少ないという点で、最後まで来たのにゴールまでの道が閉ざされていたよということにならない意味で、私は、下位領域の観測のほうをおすすめする。
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syui (syui@mstdn.syui.cf)'s status on Monday, 22-Oct-2018 14:35:55 JST
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