村上春樹風昔話『桃太郎』村上はがす樹
第1話
台所でスパゲッティを茹でながら、桃太郎は名前が人生に与える影響について考えていた。
言語の違いや同姓同名の場合はあるにせよ、すべての人間はその肉体を表す固有記号として、例外なくひとつの名前を持っている。
肉体と名前は密接につながりあい、一生離れることはなくその人生を全うする。肉体が死ねば名前も消滅し、名前が消滅することは肉体が死ぬことを意味する。まるで、宿主と寄生生物みたいに、肉体と名前は共依存の関係を築いている。
彼は物心ついた頃から、常に自らの名前のことで悩まされてきた。世にも珍しい名前を持つ桃太郎は、多くの日本人がそうであるように、同調圧力というものを何よりも重んじるクラスメート達にとって、格好のいじめの標的だった。桃太郎はそのことで、自ら死ぬことすら考えていた。
きっと彼が普通の人間であれば、つまり男女の性行為による授精によって生まれた生命体であれば、あるいは自ら命を断つことも可能であったかもしれない。しかし、彼は死ぬことが出来なかった。